震災から15年


1月17日

阪神淡路大震災から、15年が経ちました。
地震発生当時、私は高校を卒業し大阪の梅田近くで浪人生活を送っていていました。

忘れもしないセンター試験を終えた次の日の朝のことでした。
10階建の鉄骨コンクリートの寮の2階で寝ていると、グラッ、グラグラーと揺れて目が覚めました。
幸い2階だったため、揺れも小さく震度3ぐらいの感覚でした。
センター試験もやっと終わったし、もう少し寝よう、と布団の中にいました。

5分程すると、下の方からザワザワとした声が聞こえてきました。
1階の食堂の方に降りてみると、上層の階に住んでいる浪人生が集まっていて、
「めちゃめちゃ揺れたな」
「本棚の本が俺の上に飛んできてんで」
「俺なんかラジカセ飛んできてんで」
と上層の方はかなり揺れたようで、寮に唯一のテレビをつけました。
この時は、まだ現実の神戸の状況もわからず、軽めな口調での会話でした。

その後、テレビを喰い入るようにみてました。
次々と現実とは思えない光景が映し出されていきました。

火災で煙に巻かれている神戸の街や
震災 神戸の街

飴のように高速道路がねじれている光景
震災 阪神高速

寮には、神戸や淡路島、高知からの人いて、家族との連絡が全く取れず、ただオロオロとしているだけでした。言葉もあまりなかったように思います。
自分に小松の両親が連絡を取ろうと何度も電話したようです。
携帯もまだ普及していない時代です、寮に唯一の電話で連絡が付いたのが昼過ぎだったと思います。
その後の被害はみなさんご存じの通りで、大変な被害でした。

ただただ信じられない・・・という状況でした。

犠牲となられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
ご遺族の皆様方に心よりお悔やみを申し上げます。

| コメント (0)

コメント

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)